
こんにちは、ニャックです。
前回の記事では、
「辞めたい」と思っても、
簡単には辞められなかった理由を書きました。
あの頃の僕は、ずっと頭の中が二択でした。
辞めるか。
続けるか。
どっちも怖い。
だから答えが出ない。
答えが出ないまま、時間だけが過ぎていく。
今思うと、一番しんどかったのは、
「選べない状態が続くこと」だった気がします。
この記事では、そんな二択の中にいた僕が、
「休む」という選択肢を現実として受け入れるまでの話を書きます。

「休む」って、言葉は簡単なんですけどね。
二択に入ると、どんどん追い詰められる
辞めるか、続けるか。
二択で考え始めた時点で、けっこう危ない状態だったと思います。
なぜかというと、どっちを選んでも不安だからです。
- 辞めたら生活が崩れるかもしれない
- 続けたら壊れるかもしれない
この状態になると、人は動けなくなります。
動けないまま仕事は積み上がる。
家のことも積み上がる。
眠れないまま朝が来る。
そして、さらに判断できなくなる。
結果として、二択がもっと極端になります。

当時の僕は、「選べない」こと自体がもうしんどかったです。
「休む」は、逃げじゃなくて“判断”だった
「休む」という言葉に対して、当時の僕は妙な抵抗がありました。
- 休む=負け
- 休む=弱い
- 休む=迷惑
そんなイメージが、頭のどこかにこびりついていたんだと思います。
でも今は、はっきり言えます。
休むのは、逃げというより「判断」でした。
自分の気合が足りないから休む、じゃない。
自分が弱いから休む、じゃない。
“今のまま続けると、まずい”という状態を認めて、
被害を広げないために止める。
インフラ運用で言えば、
障害が疑われるなら、まずは被害範囲を切り分けて落ち着かせる。
いったん止めるのは、むしろ普通の判断です。
なのに、自分のことになると、それができなかったんですよね。
「休む」が現実になるまでに必要だったのは、“気持ち”より手順だった
ここは、はっきりしておきたいです。
僕が休めるようになったのは、
心が整理できたからでも、決意が固まったからでもありません。
正直、最後まで怖かったです。
でも、手順を踏んだら、現実が動いた。
不安が残っていても、
「相談する」「受診する」「共有する」みたいに、
一個ずつ進めることで、選択肢が現実になっていきました。
ニャック「整理がついたら相談する」じゃなくて、「相談したから整理が進んだ」感覚でした。
具体的な流れ(産業医→受診→診断書→協議)については、別記事で詳しく書いています。
「休む」を選べたことで、二択が崩れた
休むことが決まったとき、すぐに楽になったわけではありません。
罪悪感もあったし、怖さも残っていました。
ただ、ひとつだけ確実に変わったことがあります。
「辞める/続ける」の二択じゃなくなったんです。
いったん止めて、回復する。
状況を整理する。
距離を取り直す。
それができるだけで、頭の中の騒がしさが少し静かになりました。
大げさに聞こえるかもしれませんが、僕にとっては
「人生の選択肢が増えた」感覚に近かったです。
まとめ:休むのは、人生を続けるための判断
「休む」って、言葉だけ見ると軽く見えるんですけど、実際はかなり重い選択でした。
でも、今なら思います。
あのとき休めなかったら、もっと長く壊れていたかもしれない。
休職は、キャリアを終わらせるものではなく、続けるための判断でした。

次の記事では、休職中に何を考えていたのか。仕事・家庭・自分との距離がどう変わったのかを書きます。
ここから読めます
体が止まりかけて、「これはおかしい」と自覚した日の話です。

上司・産業医・精神科医と順に相談し、休職を決断するまでの流れです。

休職中、何を考えていたか。仕事・家庭・自分との距離の話です。

リーダーになってから「しんどさの質」が変わった話です。

限界のサインを5つに整理した記事です。





