30代インフラエンジニアが気づきにくい「無自覚な消耗」。体力より先に削られていたものの話

ニャック

こんにちは、ニャックです。

インフラ運用の現場に身を置いて10年以上。
この仕事を続けていると、「きつい」という一言では言い表せない、
不思議な感覚に包まれることがあります。

倒れるほどではない。
仕事も回せている。
大きなミスもしていない。

それでも、
「何かが、以前の自分より少しずつ減っている気がする」

今回は、僕が疲れている自覚がないまま、静かに削られていったものについて書いてみます。
もし今、あなたが「余裕がない」と感じているなら、少し立ち止まって読んでみてください。

目次

「まだ大丈夫」と思えていた頃

振り返ってみると、当時の僕は自分を「まだ余裕のあるエンジニア」だと思っていました。

  • トラブルにも冷静に対処できている
  • 周囲からも頼られている
  • 家庭を支えるだけの仕事はできている

だから、「自分はまだ大丈夫」だと。

※この「まだ大丈夫」という感覚は、夜間対応が当たり前になっていく過程とも強く関係していました。

誰かに「疲れてない?」と聞かれても、
「まあ、普通かな」と答えていたと思います。

でも今思うと、その「普通」だと思っていた基準そのものが、少しずつズレていました。

体力ではなく、先に削られていたもの

後になって気づいたのですが、削られていたのは体力そのものではありませんでした。

削られていたのは、もっと目に見えないものです。

  • 余裕
  • 雑談する気力
  • 何も考えない時間
  • 「まあいいか」と流す力

この「余裕が削られていく感覚」は、責任感が強い人ほど気づきにくいものでもありました。

どれも、なくなってすぐ困るものではありません。
でも、確実に生活の質を下げていくものでした。

ニャック

減っていること自体に、なかなか気づけないのが一番厄介でした。

忙しさが「当たり前」になる怖さ

インフラ運用では、忙しい状態が続くことがあります。

夜間対応、休日対応、突発障害。
一つひとつは仕方のないことでも、積み重なると感覚が麻痺していきます。

一番怖かったのは、

「今日は何も起きなかったから、楽な日だった」

と感じるようになったことです。

インフラ運用では、「何も起きない=評価されにくい」という構造も、この感覚を強めていました。

本来、何も起きないのは
当たり前で、ありがたい状態のはずなのに。

それを「運が良かった」と感じ始めたとき、
心はずっと緊張状態のままになっていたのだと思います。

削られたものは、後からまとめて効いてくる

余裕がなくなり、切り替えが遅くなり、
気づけば「常に仕事のことを考えている」状態。

その重みがはっきり自覚できるようになったとき、
ようやく思いました。

「あ、これ結構削られてたんだな」

限界ではなかった。
でも、健全でもなかった。

倒れる前にこの違和感に気づけたことは、
今では良かったと思っています。

削られている自分を、責めない

削られていたことに気づいてから、
僕は少しずつ考え方を変えました。

  • 全部を背負わない
  • 完璧を目指さない
  • 無理な前提を疑う

振り返ると、「自分でやった方が早い」と抱え込み続けていたことも、大きかったと思います。

劇的に何かが変わったわけではありません。
でも、「削られている自分」を否定しなくなっただけで、少し楽になりました。

ニャック

限界じゃなかった。でも、健全でもなかった。
それに気づけただけで、前に進めた気がしています。

こうした感覚は、インフラ運用という仕事を長く続ける中で、少しずつ積み重なっていくものだと感じています。

おわりに

もし今、

  • きついと言うほどではないけど、余裕がない
  • 疲れているかと聞かれると、よく分からない

そんな感覚があるなら、それは気のせいではないかもしれません。

それは、あなたがこれまで現場を誠実に支えてきた証拠です。

答えを出す必要はありません。
今もニャックは、模索の途中です。

ニャック

一緒に、少しずつ自分の「余白」を取り戻していきましょう。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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