
こんにちは、ニャックです。
今振り返ってみると、「ああ、あの頃はもう限界だったな」と思う瞬間がいくつもあります。
でも当時の僕は、そんなふうにはまったく思っていませんでした。
むしろ、「まだ大丈夫」「自分は踏ん張れている」
そう思い続けていました。
今この記事を書いている僕から見ると、あれは完全にアウトな状態でした。
ただ、本人だけがそれに気づいていなかった。
今回の記事は、「限界だと気づいたのは、体が先に止まったあとだった」という話です。
「気合でどうにかなる」と思っていた
インフラ運用の仕事を長くやっていると、多少の無理は当たり前になります。
夜間対応、休日対応、突発障害。
「まあ、そういう仕事だよね」
「自分がやらなきゃ回らないし」
そうやって、ずっとやってきました。
多少しんどくても、眠くても、集中力が落ちていても、
「気合でどうにかなる」と思っていたんです。
実際、それで何年も乗り切れてしまった。
だからこそ、「限界」という言葉が、自分の中には存在しませんでした。
最初におかしくなったのは、心じゃなかった
今思えば、最初の異変はかなり地味でした。
・朝、異様に体が重い
・頭がぼーっとして立ち上がれない
・通勤中に理由もなく息苦しくなる
でも、その時はこう考えていました。
「疲れてるだけだろう」
「年齢のせいかな」
心の問題だなんて、まったく思っていません。
むしろ、気持ちはまだ前向きでした。
仕事を投げ出したいとも思っていないし、辞めたいとも思っていない。
ただ、体だけが言うことを聞かなくなっていった。
「まだ頑張れる」と思い込もうとしていた
おかしいな、とは思っていました。
でも、その違和感を真正面から見るのが怖かったんだと思います。
「ここで認めたら、何かが壊れる気がした」
だから、理由を探しました。
忙しい時期だから。
一時的な疲れだから。
そうやって、全部“環境のせい”にしていました。
でも本当は、自分自身が限界に近づいていることを、どこかで分かっていた気がします。
それでも、止まれなかった。
止まる理由がなかったからです。
仕事は回っている。
周りからは「頼りにされている」。
家庭もある。
「今ここで自分が抜けたら迷惑をかける」
そう思うほど、逃げ道はなくなっていきました。

この時点で、もう十分危険だったんだと思います。
前半で書いた通り、当時の僕は「まだ大丈夫」と思い続けていました。
多少おかしくても、無理をすれば動けていたからです。
でも、ある日を境に、それが完全に崩れました。
ある朝、体が動かなくなった
その日は、特別なトラブルがあったわけではありません。
いつも通りの平日で、いつも通り出勤する予定でした。
目は覚めている。
頭も起きている。
なのに、体が動かない。
布団から起き上がろうとしても、力が入らない。
心臓が変に早く打っていて、息が浅い。
「あれ?」と思いました。
気合を入れれば立てるはずなのに、立てない。
その瞬間、初めてはっきり思いました。
「これは、自分の意思ではどうにもならない」
気持ちは前向きなのに、体だけが拒否する
不思議だったのは、気持ちの部分です。
仕事が嫌で仕方ないわけじゃない。
逃げたいと思っているわけでもない。
むしろ、「行かなきゃ」「迷惑をかける」と焦っていました。
それなのに、体が完全にブレーキをかけてくる。
この感覚は、今でもはっきり覚えています。
サボりでも、怠けでもない。
でも、動けない。
「ああ、これはもう“頑張れ”の領域じゃないな」
そう認めざるを得ませんでした。
「おかしい」と言葉にした瞬間、少し楽になった
その日は、仕事を休みました。
連絡を入れるだけで、ものすごく罪悪感がありました。
でも同時に、どこかでホッとしたのも事実です。
「やっと止まれた」
そんな感覚でした。
この時点では、まだ診断名もありません。
適応障害という言葉も、正直よく分かっていませんでした。
ただ、「体が先に限界を出した」という事実だけが、はっきり残りました。
限界は、気づく前に超えていることがある
今思うのは、これです。
限界って、自覚できる頃にはもう遅いことがある。
特に、真面目で、責任感が強くて、
「自分がやらなきゃ」と思いやすい人ほど。
僕自身がそうでした。
だからこそ、「まだ大丈夫」と思っている人ほど、少し立ち止まってほしいと思っています。
体が止まってからでは、選択肢が一気に減ります。

僕は、体が止まってからようやく気づきました。
このあと、病院に行き、医師の言葉を聞くことになります。
そこで初めて、「適応障害」という診断名を知りました。
それが、次の記事の話です。









