適応障害と診断されるまでにやったこと。産業医・精神科・上司との話

ニャック

こんにちは、ニャックです。

「これ、病院に行くほどなのかな」

体がしんどい。眠れていない。動悸がする。涙が出る。
でも仕事は止まらないし、家庭も止まらない。

そんな状態でも、最初は自分にこう言い聞かせていました。

「ちょっと疲れてるだけ」
「忙しい時期だから仕方ない」
「まだ耐えられる」

ただ、ある日を境に、
“気合で何とかする”のが無理になりました。

この記事では、
僕が実際に適応障害の診断に至るまでにやったことを、
できるだけ手順として整理します。

※医療の専門的な判断はできないので、あくまで「当時の僕の体験」+「会社員として動くときの考え方」です。
不安が強い場合は、早めに専門家に相談してください。

目次

結論:気持ちが整うのを待たず、手順で動いた

最初に言ってしまうと、休職を決めたときの僕は、
別に「覚悟が決まっていた」わけじゃありません。

怖かったし、罪悪感もありました。

でも、手順を踏んだら、現実が動いた。

ニャック

「整理できたら相談しよう」じゃなくて、「相談したから整理が進んだ」感覚でした。

① まずは会社の産業医に相談した

僕が最初に相談したのは、会社の産業医でした。

この時点では、休職を決めていたわけでも、病名がついていたわけでもありません。

ただ、「このままだと危ない気がする」という違和感がありました。

産業医面談では、できるだけ事実ベースで伝えました。

  • 睡眠が4〜5時間程度しか取れていない(0〜1時に寝て、5時台起きが続いている)
  • 動悸や吐き気、涙など、身体症状が出てきた
  • 業務の負荷が高く、回復が追いついていない
  • 家庭の事情もあり、回復時間が確保できない

ここで大事だったのは、「つらいです」だけじゃなく、
何がどれくらい続いているかを言語化することでした。

ニャック

自分でも状況を把握しきれていないときほど、メモにしてから面談に行くのが効きます。




② 産業医に言われたのは「専門の医療機関を受診して」ということ

産業医からは、ざっくり言うとこういう反応でした。

「一度、専門の医療機関(心療内科・精神科)を受診して、状態を確認した方がいい」

この言葉が、僕には大きかったです。

自分では「大げさかな」と思っていたところに、
第三者から「受診した方がいい」と言われたことで、やっと動けました。

③ 家の近くのメンタルクリニックを受診した

次にやったのは、家の近くのメンタルクリニック(精神科)を受診することでした。

正直、抵抗はありました。

「ここまでじゃないかもしれない」
「気の持ちようじゃないか」

そう思いながらも、体の反応はもう誤魔化せませんでした。

診察では、生活と仕事の状況を一通り話しました。
(睡眠、仕事量、ストレス源、家庭状況、症状の出方など)

そして最終的に、適応障害という診断がつき、診断書を書いてもらいました。

ニャック

このときは「ショック」よりも、「やっぱり気合の問題じゃなかったんだ」という安堵の方が強かったです。

④ 診断書は「武器」じゃなくて、現実を動かす“書類”だった

診断書って、誤解されやすいと思っています。

僕の感覚では、診断書は「相手をねじ伏せるためのもの」ではなく、
会社の中で正式に判断を進めるための書類でした。

会社は、基本的に「口頭の体調不良」だけだと、できる判断が限られます。
(業務調整・配置転換・休職などは特に)

診断書があることで、少なくともこの状態が「本人の甘え」ではなく、
医療的に配慮が必要な状態として扱われるようになります。




⑤ 診断書を持って、産業医と再面談 → 上司も交えて協議した

僕の場合は、ここが大きな分岐点でした。

診断書を持って、再度産業医と面談し、
その内容を上司とも共有して、今後どうするかを協議しました。

その結果、休職が正式に決まりました。

この流れの中で感じたのは、産業医の役割は「会社と本人の間の調整」だということです。

  • 本人の状態を整理する
  • 会社側ができる配慮(業務軽減・配置・休職)を現実に落とし込む
  • 「このまま続けるリスク」を言語化して、判断材料にする

僕はこの「調整」があったから、
休職が「二択の逃げ」じゃなくて、判断として成立したと思っています。

⑥ 上司に話すときは「気持ち」より「稼働条件」を伝えた

上司に相談するとき、感情を全部説明しようとすると、たぶん苦しくなります。

僕が意識したのは、稼働条件として伝えることでした。

  • 睡眠不足が続き、回復が追いついていない
  • 身体症状が出ている(動悸・吐き気など)
  • この状態でフル稼働を継続すると、悪化する可能性が高い
  • 医師の診断(診断書)として業務軽減・休養が必要と出ている

この伝え方だと、「根性でどうにかしろ」の話になりにくいです。

ニャック

「自分の気持ち」より「稼働できる条件」を先に出すと、会話が現実に落ちます。

まとめ:休職は“負け”ではなく、リスクを止める判断だった

僕が診断に至った流れは、ざっくりこうです。

  • 会社の産業医に相談
  • 専門の医療機関を受診
  • 適応障害の診断+診断書
  • 診断書を持って産業医と再面談
  • 上司・産業医と協議して休職が決定

今思うと、これは「人生のSPOF(単一障害点)」を増やさないための判断でもありました。

壊れてからでは遅い。
壊れる前に、止める。

次の記事では、休職は逃げじゃないと感じられるようになった理由を書きます。

ここから読めます

体が止まりかけて、「これはおかしい」と自覚した日の話です。

「辞める/続ける」だけじゃなく、「休む」という選択肢が現実になった話です。

上司と産業医に相談し、休職を決断するまでの体験談(流れの詳細)です。

休職中、何を考えていたか。仕事・家庭・自分との距離の話です。

仕事・家庭・お金を切り離して考えるようになった背景(考え方の整理)です。

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