
こんにちは、ニャックです。
今振り返ると、
適応障害と診断されるまでには、
いくつものサインが出ていました。
ただ、その当時の自分は、
それを「サイン」だとは思っていませんでした。
疲れているだけ。
気のせい。
もう少し頑張れば大丈夫。
そうやって見過ごしてきた違和感が、
結果として、体と心を止めるところまでいったのだと思います。
この記事では、
適応障害と診断されるまでに見逃していたサインを、
できるだけ冷静に整理します。
同じように「まだ大丈夫」と思いながら走っている人が、
立ち止まる判断材料になればと思っています。
一番最初に出ていたのは「睡眠」の変化だった
今思えば、
一番最初におかしくなっていたのは睡眠でした。
夜は子どもの対応があり、寝るのは1:00前後。
起きるのは5:00頃。睡眠時間は4時間程度。
しかも、寝たとしても「休めた感じ」があまり残らない。
それでも当時は、
「育児中なんだから仕方ない」
と思っていました。
実際、仕方ない部分はあります。
ただ、問題は「仕方ない」を理由に、
回復の余地がない状態を放置していたことでした。

今なら、ここで一度立ち止まるべきだったと思います。
体調不良が「常態化」していった
次に出てきたのは、
はっきりしない体調不良でした。
胃の重さ。
頭痛。
吐き気っぽさ。
動悸。
どれも病院に行くほどではない。
でも、確実に調子が悪い。
この「決定打はないけど、ずっと不調」という状態が、じわじわ効いてきました。
調子が悪いのに、毎日は普通に進む。
だから、「慣れた」と勘違いしてしまうんですよね。

体が出している警告を、かなり軽く扱っていました。
気持ちの切り替えが、ほとんどできなくなっていた
体だけでなく、
気持ちの面でも変化がありました。
仕事が終わっても、頭の中が仕事から離れない。
休日でも、どこか緊張が抜けない。
家族と話していても、心のどこかで「次の障害」「次の説明」を考えてしまう。
「休んでいるはずなのに、休めていない」
この感覚が、ずっと続いていました。
判断する仕事が増えてから、頭が休まらなくなった感覚は、別の記事で整理しています。

イライラと自己嫌悪がセットで増えた
余裕がなくなると、感情の扱いが難しくなります。
些細なことでイラッとする。
言い方が強くなる。
家に帰ってから「なんであんな言い方をしたんだ」と落ち込む。
この繰り返しが増えたのもサインでした。
本当は「怒り」じゃなくて、
「疲れ」と「怖さ」だったと思います。
うまく回せない怖さ。
失敗する怖さ。
家族を守りたいのに守れていない怖さ。
それをうまく言語化できず、表に出る形がイライラになっていました。
「まだ大丈夫」という言葉が、一番危なかった
今思えば、一番危なかったのは、この言葉です。
「まだ大丈夫」
完全に動けなくなっていない。
仕事も回っている。
周りから見れば普通に見える。
だから、自分の異変を否定し続けていました。
でも、「まだ大丈夫」は、
「もう限界が近い」というサインだったのだと思います。
特に怖いのは、限界に近づくほど「比較」ができなくなることです。
以前の自分のコンディションと比べる余裕がない。
昨日より少しマシならOK、今日も動けたからOK、という評価基準になる。
その基準で走り続けると、いつの間にか、限界の線を越えてしまいます。
サインを見逃した理由は「忙しさ」だけじゃなかった
なぜ見逃したのかを考えると、当時の自分には次の癖がありました。
・不調を感じても、原因を「環境」ではなく「自分の努力不足」だと思う
・相談する前に、まず自分が何とかしようとする
・「家庭があるんだから頑張らないと」と自分を追い込む
・仕事を降りること=逃げ、という感覚が抜けない
こういう癖があると、サインが出ても「調整」ではなく「根性」で解決しようとしてしまいます。
相談が遅れたのも、サインの一つだった
今思うと、「相談できない」「相談する発想が出ない」という状態自体が、すでに余裕が減っていた証拠でした。
本当に余裕があるときは、
「ちょっときついので調整したい」と言えます。
でも余裕がないときほど、
「ここで言ったら迷惑だ」
「もう少しだけ頑張ってから言おう」
と先延ばしにしてしまう。
その先延ばしが、状況をさらに悪化させる。
今振り返ると、ここも大きな分岐点でした。
もし今、同じような状態の人がいたら
ここまで書いた内容は、医療的な診断の話ではなく、あくまで自分の体験です。
ただ、もし今あなたが、
寝ても回復しない日が続いている。
仕事が終わっても頭が止まらない。
休日でも緊張が抜けない。
イライラと自己嫌悪が増えている。
「まだ大丈夫」を繰り返している。
こういう状態に心当たりがあるなら、まずは「立ち止まっていい状況かもしれない」と疑ってみてほしいです。
いきなり辞める必要はありません。
大きな決断をする必要もありません。
ただ、相談する、負荷を減らす、睡眠を確保する。
その“調整”を先に入れるだけで、見える景色が変わることがあります。
あの頃の自分は、「倒れるまで頑張る」しか選べないような気分になっていました。
でも本当は、倒れる前にできることがいくつもあった。
このブログでは、その“倒れる前の分岐点”をできるだけ言葉にして残していきます。

次の記事では、実際に体が止まった日のことを書きます。





