「辞めたい」と思っても辞められなかった理由。家庭と責任の現実

ニャック

こんにちは、ニャックです。

「辞めたい」

インフラ運用の現場で10年以上踏ん張っていると、不意にこの言葉が頭をよぎる瞬間があります。

でも、この仕事の本当に厄介なところは、
辞めたいと思ったその日に「じゃあ、さよなら」と席を立てる人はほとんどいない、

ということだと思うんです。

僕自身もそうでした。

心の中では「もう無理だ」と叫んでいるのに、
いざ「今すぐ辞めるのか?」と自分に問うてみると、どうしても答えが濁ってしまう。

今回は、当時の自分がなぜそこまで「辞める」という選択にブレーキをかけていたのか。
家庭のことや、リーダーとしての責任など、きれいごとではない現実の話を整理してみます。

目次

「辞めたい」という気持ちの正体

まず、自分を責めないために書いておきたいのですが、
「辞めたい」と思うこと自体は決して悪いことではありません。

それは心や体が、「今の負荷はもう限界だよ」と教えてくれている、アラートみたいなものだからです。

ただ、当時の僕を振り返ると、「辞めたい」という言葉の裏にはいろんな感情が混ざり合っていました。

  • ただただ、泥のように疲れている
  • 誰にも相談できず、一人で背負い込んでいる
  • 今の環境を自分の力で変えられる気がしない
  • 自分のスキルに自信を失いかけている

正直なところ、本当の望みは「退職すること」そのものよりも、
「今のしんどい状況から一刻も早く離れたい」という切実な願いだったのかもしれません。




家庭と収入という「重石」のリアリティ

僕が簡単に辞められなかった一番の理由は、やはり家庭という現実でした。

妻がいて、子どもがいて、生活が回っている。
その日々を守るには、どうしても安定した収入が必要です。

独身の頃なら、勢いで辞めても「なんとかなる」と思えたかもしれません。

でも今は、自分の体は自分ひとりのものではない、という感覚が強くあります。

壊れるのは怖い。
けれど、仕事を失って生活が崩れるのも同じくらい怖い。

この板挟みの中で、「辞める」という選択肢はどんどん現実味を失い、遠くへ霞んでいきました。

リーダーとしての「真面目さ」が逃げ道を塞ぐ

もう一つ、インフラ運用のリーダーという立場も大きな足かせになっていました。

  • 自分が抜けたら、この現場は回らなくなる
  • 残されたメンバーに迷惑をかけてしまう
  • ここまで積んできたキャリアを台無しにするのか

そんな思考が、無意識のうちに自分自身の逃げ道を塞いでいた気がします。

「自分がやらないと」という責任感は、エンジニアとして大切な資質です。

でも、それがいつの間にか自分を縛り付ける鎖になって、
我慢をすることが「デフォルト」になってしまいました。

疲れているのが当たり前。
休日でも気が休まらないのが当たり前。

そんな風に麻痺していくと、自分の異常事態に自分でも気づけなくなるんです。

ニャック

「限界」という言葉は、体が止まるその瞬間まで、どこか他人事みたいでした。




ループの果てに、体が先に応えた

僕の場合、休職に至るまでに「劇的なドラマ」があったわけではありません。

「疲れたな」が「しんどいな」になり、
それがじわじわと「もう無理だ」に変わっていった。

それでも仕事は止まらないし、生活も続いていきます。

止まれないから無理をして進む。
進むから余計に止まるタイミングを失う。

その終わりのないループを繰り返しているうちに、
最後に心が折れるより先に、体が反応しました。

動悸が止まらなくなり、勝手に涙が溢れてくる。

「辞めたい」と思っても辞められなかった僕でしたが、
体が強制終了をかけたことで、ようやく「止まる」という選択肢が現実のものになりました。

この記事の続き

このブログでは「正解」を出すのではなく、
僕が迷いながら歩いてきた過程をそのまま残しています。

「辞めるか、続けるか」という極端な二択だけじゃなく、
その間にある「少しだけ休む」という選択肢。

それを受け入れられるようになるまでの話を、
これからも書いていこうと思います。

ニャック

次は、実際に「休む」が決まってから、どうやって自分の心と向き合っていったのかを書いてみます。

ここから読めます

リーダーになってから「しんどさの質」が変わった話です。

限界のサインを5つに整理した記事です。

体が止まりかけた日の記録です。

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