
こんにちは、ニャックです。
正直に言うと、ある時期まで、僕はずっと「この仕事がきつい理由」が分かりませんでした。
限界だと思うほどではない。
でも、楽でもない。
インフラ運用を続ける中で、理由の分からないしんどさだけが、少しずつ溜まっていく。
そんな状態が続いていました。
そんな中で、ある日ふと、少しだけ楽になった瞬間がありました。
仕事が減ったわけでも、環境が激変したわけでもありません。
変えたのは、頑張り方でした。
「もっと頑張らないと」と思い続けていた
当時の僕は、ずっとこう考えていました。
・自分がやらなきゃ回らない
・任せるより自分でやった方が早い
・ここで手を抜いたら迷惑がかかる
今思えば、かなり無理をしていました。
でもそのときは、「ちゃんとしているつもり」だったんです。

無理をしている自覚は、ほとんどありませんでした。
楽になったきっかけは、とても地味だった
少し楽になったきっかけは、何か特別な出来事ではありません。
ある日、ふと「全部ちゃんとやらなくてもいいのかもしれない」と思っただけです。
それまでは、
- 完璧に対応する
- 先回りして潰す
- 自分が全部把握する
これが当たり前になっていました。
でも、少しだけ手を抜いても、案外問題は起きませんでした。
「頑張らない」ではなく、「頑張りすぎない」
ここは誤解されやすいところですが、
僕は仕事を投げ出したわけでも、適当にやり始めたわけでもありません。
変えたのは、自分の中の基準です。
「ここまではやる」
「これは背負わない」
線を引いたことで、頭の中が少し静かになりました。

ずっと張り詰めていた糸が、少し緩んだ感じでした。
それでも、不安が消えたわけではない
正直に言うと、楽になったからといって、すべてが解決したわけではありません。
「このやり方で大丈夫なのか」
「評価は下がらないか」
そんな不安は、今でもあります。
ただ、以前のように、常に追い詰められている感覚はなくなりました。
息ができるようになった、という表現が近いかもしれません。
「楽になる前兆」は、もっと前からあった
今振り返ると、楽になる前兆は、もっと前からありました。
・集中力が続かない
・些細なことで疲れる
・休んでも回復しない
でも、そのときは「気のせい」「まだ大丈夫」と流していました。
「楽になる前兆は、もっと前からあった」
という感覚については、こちらの記事でも書いています。

まとめ:少し楽になるだけでも、十分だった
大きく変わらなくても、
・少し背負う量を減らす
・少し基準を下げる
それだけで、見える景色は変わります。
もし今、同じようにしんどさを感じているなら、
「全部変えなくていい」ということだけ、覚えておいてもらえたら嬉しいです。
同じように、
「頑張りすぎていたこと」に後から気づいた話もあります。


ニャックも、ここから少しずつでした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。









