
こんにちは、ニャックです。
今だからこそ分かるのですが、調子を崩す前には、ちゃんと「サイン」が出ていました。
ただ、その時の僕は、それをサインだとは思っていませんでした。
「忙しいだけ」「年齢のせい」「みんな同じ」
そんな言葉で、全部まとめて片付けていました。
この記事では、後から振り返って気づいた「本当は限界が近かった時のサイン」について書いていきます。
当時は「普通」だと思っていた状態
一番厄介だったのは、異常が異常に見えなかったことでした。
夜間対応が続いても、「インフラ運用なら当たり前」。
休日に連絡が来ても、「仕方ないよね」。
疲れている自覚はありましたが、「限界」とは思っていませんでした。

むしろ、
「これくらいで弱音を吐くのは甘えだ」
そんな考え方のほうが、当たり前になっていました。
今振り返ると、この時点ですでにかなり危ない状態だったと思います。
それでも当時の僕は、これを“正常運転”だと信じ込んでいました。当時の僕はそれを“正常運転”だと思い込んでいました。
今なら分かる「限界のサイン」
後から振り返ると、明らかにおかしかった点はいくつもあります。
- 休みの日でも常に仕事のことを考えていた
- スマホの通知音に無意識で身構えるようになった
- 楽しいことをしても、気分が回復しなかった
- 「疲れた」と言うこと自体に罪悪感があった
特に印象に残っているのは、「休んでも疲れが取れない」感覚です。
以前は、しっかり寝れば回復していました。
でもこの頃は、寝ても、休んでも、何も変わらない。

それでも僕は、
「もう少し頑張れば大丈夫」
そうやって、自分を押し続けていました。
「自分だけは大丈夫」という思い込み
インフラ運用を長くやっていると、どうしてもこう思ってしまいます。
・これくらいで倒れるほどヤワじゃない
・もっと大変な人もいる
・自分が抜けたら現場が回らない
この考え方自体が、悪いわけではありません。
ただ、
「自分の異変を無視するための理由」
として使い始めた時点で、それは危険なサインだったと思います。
※そもそも「インフラ運用」という仕事がどんな前提の上に成り立っているのかについては、

で詳しく書いています。
今なら、当時の自分にこう言います
もし今の自分が、当時の自分に声をかけられるなら、こう言うと思います。
「それは気合の問題じゃない」
頑張りが足りないから辛いわけでも、弱いから苦しいわけでもありません。
ただ単純に、負荷が長期間かかり続けていただけでした。

壊れる前に止まることは、逃げじゃありません。
それは、ちゃんと自分を守る選択です。
この話を今、書いている理由
この話を書いているのは、
当時の自分と同じ状態の人が、今もどこかにいると思うからです。
「まだ大丈夫」
「もう少しだけ頑張れる」
そう思いながら、気づかないうちに限界を超えてしまう人。
この記事が、
「もしかして、自分もそうかもしれない」
と立ち止まるきっかけになれば、それで十分だと思っています。
次に読む記事はこちら
次の記事では、
実際に体調を崩したあと、何が起きたのかについて書いていきます。


ここから先は、「気づいた後」の話です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。







