
こんにちは、ニャックです。
今振り返ると、この頃から少しずつ考え方が変わっていった気がします。
はっきりとしたきっかけがあったわけではありません。
ただ、ある時から、
「この先も、同じようには働けないかもしれない」
そんな考えが、頭のどこかに居座るようになりました。
それまで、働けなくなるなんて考えたことはありませんでした。
しんどくても、無理をしてでも、何とかなる。
ずっと、そうやってやってきたからです。
「働けないかもしれない」という想像が、現実味を帯びた日
体調を崩してからも、最初は楽観的でした。
少し休めば戻る。
また前と同じように働ける。
正直、そのつもりでいました。
でも、時間が経っても、完全には戻らない。
調子のいい日もある。
でも、無理をするとすぐ反動が来る。
そんな状態が続く中で、ふと考えてしまったんです。
「もし、このまま戻らなかったらどうなるんだろう」
考えないようにしていた想像が、
勝手に頭に浮かんでくるようになりました。
不安は、整理された形ではやってこない
その頃の不安は、こんな感じでした。
・体調がこのままだったらどうするんだろう
・前と同じ働き方に戻れなかったら
・収入のことを考え始めると、きりがなくて
どれも、はっきりした結論が出るものじゃありません。
でも、考えないようにしても、消えてくれない。
特に、家庭があると、
「自分一人の問題」では済まなくなります。
この頃から、仕事以外のことも、
一緒に考えざるを得なくなっていきました。
お金の話をしようとしたわけじゃなかった
正直に言うと、
この時点で「お金の話をしよう」と決めていたわけではありません。
投資をしよう、とか。
資産形成を考えよう、とか。
そういう前向きな発想ではなかったと思います。
ただ、
考えないようにしていたものが、考えざるを得なくなった。
それに近い感覚でした。
もし、働けなくなったら。
もし、今の収入が続かなかったら。
そうなったとき、
仕事だけで全部を支え続けられるのか。
欲しかったのは「安心材料」だったのかもしれない
「安心材料」という言葉を使うと、
少し整理しすぎかもしれません。
もっと正直に言うと、
不安を全部、仕事だけで受け止めなくて済む状態
それが欲しかったんだと思います。
仕事があるから大丈夫。
働いているから安心。
その前提が、少し揺らいだだけで、
こんなにも不安になるんだな、と。
それまで、仕事にかなり寄りかかっていたことにも、
この時に初めて気づきました。

「仕事があれば大丈夫」って、どこかで思い込んでいた気がします。
まだ答えは出ていない
この時点では、何かを始めたわけでもありません。
結論も出ていませんでした。
ただ、
「働けなくなるかもしれない」という想像を、
初めて現実のものとして考えた。
それだけです。
でも、この感覚が、
あとから振り返ると、大きな分岐点だった気がしています。

たぶん、この時点ではまだ、半信半疑でした。
次の記事では、
僕が「投資」という言葉に向き合うことになった理由を、
もう少し正直に書いてみようと思います。
きれいな話ではないと思います。
でも、あのときの自分にとっては、
必要な考え方だった気がしています。









